9月14日(土)

今日は実家にエアコンが設置される。

北海道内のエアコン普及率は25%らしく、珍しい家庭になった。

 

今日は、Netflixタランティーノの「ヘイトフル・エイト」、「イングロリアス・バスターズ」を見る。

 

ピントをうまく調整し、会話をワンカットで写す技が秀逸。

 

新作も是非映画館で見に行きたい。

 

夜は豊平峡温泉に行き、温泉に入りラムカレーを食べた。

9月13日(金)

今日は午前中に家で、ザ・スライドショー14「みうらさん、還暦かよ」を鑑賞。

 

めちゃめちゃ面白い。サブカルの帝王みうらじゅんと、いとうせいこうがただただトークするというショーだが、みうらじゅんのシュールなボケに対していとうせいこうの的確なツッコミを見ていて、スカッとする気持ちになる。

普段生活している中で、私たちは特に気にしないことをみうらじゅんはツッコミ続け、それがこのように形になることは素晴らしいことである。

今回のもので特に、冷マと呼ばれる、冷蔵庫に貼っている「クラシアン」などの水道管修理のシールを貼るために冷蔵庫を買うというくだりが面白すぎる。現代アートだ、と二人で騒いでいる姿もすごい。

 

マチネで札幌『レミゼラブル』を観劇。

今日は上原理生、二宮愛、KENTAROが大千秋楽を迎えた。

上原理生の挨拶より、「自殺のシーンで橋が真ん中でくっつかなかった。次の再演の時もやれ、とういことだろう」ということを言っていた。

上原ジャベールは第一声の「やつをここへ呼べ、24653〜」をぶちぶち切る。悪くはないが、聞き慣れないため違和感があった。

 

吉原光夫のバルジャンは安定感があり文句なし。

 

hitaruの4階席最前列は、それより後ろの席よりバーが邪魔して特に見づらかった。

 

今日は学生が死んでいくシーンが妙に心に残る。

素晴らしいシーンだった。

9月12日(木)

今日はマチネで札幌『レ・ミゼラブル』を観劇。

 

佐藤隆紀バルジャンを初めて見た。

以前『マリーアントワネット』を見たときに、素晴らしい歌声であり存在感があったため、バルジャンも大変期待していた。期待通り素晴らしい澄んだ歌声で熱演していた。

感情が高まって高音になるところは、意外と音ができきってなかったが、未完成な様子が他の二人のバルジャンと違って、バルジャンの迷っている性格に合っていて良い方向に進んでいたと思う。

裁判の場「24653〜」は吉原バルジャンだけが3の時に高音、後の二人が下に下がる。

 

伊礼彼方のジャベールも初見だったが、昨日の上原理生と違って原曲のピッチにあった歌声で、とても聞きやすく安心できるジャベールだった。「星よ」「自殺」ともにとても聞きどころにあるシーンにしており素晴らしい。

 

昨日書きそびれたが、相葉祐樹のアンジョルラスが一昨年と比べ非常に上達しており、成長が感じられ微笑ましい。セカンドアタック「自由を〜」の音が出ないのか、絶叫していたがシーンに助けられ、逆に良い感じになっていた。

 

昨日、プログラムで「バルジャンはマリウスを殺すためにバリケードに向かったのかもしれない」と読み、その気持ちで感激してみるととても面白かった。

どの瞬間でマリウスに心を開き、「彼を帰して」を歌うのか、考える余地のある素晴らしい解釈だと感じる。またプログラムで、上原理生が「「彼を帰して」で、この作品初めて綺麗に一オクターブ跳躍するため、この瞬間にバルジャンは神と一体化した」と書いてあり、あのバリケードのシーンはとても深いシーンとして改めて見ることができた。

 

全体的に、私が見慣れてきたからか歌詞が聞きなすくなり、物語重視の演出に変わった気がする。遠くの席から見ているからか、全体的にシンプルな構造になった気がして、とても好きな演出になった。

9月11日(水)

今日は午前中、実家で映画『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』を見る。

 

コメディ映画でコメディリリーフ安田顕の演技が光るところが多かったが、私にはあまり合わない映画だった。

 

夜は札幌で『Les Misérables』二日目。

今日は札幌出身の唯月ふうかの初日ということで、カーテンコールでは吉原光夫に抱っこされている光景も微笑ましかった。

 

吉原光夫は流石の高音で、プロローグ「逃げたー」や裁判の場「24653〜」の最後の音を聞いていて、恍惚として聴き入る。

In My Lifeでバルジャンが「この世にはあるのだ。言わず、聞かない言葉が」という歌詞が良かった。更生したバルジャンは嘘をつくことは必ずなかったが、「隠す」ということでコゼット含め周りを守ってきた。それを表現する歌詞だと感じる。

 

濱田めぐみのファンティーヌはやはりかなり素晴らしい。

I dreamed I dreamは何と言っても聴きどころだが、濱田めぐみにとっては大満足の歌ではなさそう。(もちろんとても素晴らしいのだが)

 

上原理生ジャベールは声と歌があっていなかったが、彼なりのジャベールの創造に徹して頑張っていたと思う。

 

斎藤司のテナルディエはかなり忠実に演じられていて意外だった。

カーテンコールで「斎藤さんだぞ」のポーズはしていたが。

 

プログラムを改めて読み、生田絵梨花が3人のバルジャンにインタビューするという記事が素晴らしかった。

英語歌詞や原作を皆忠実に読んだ上で、それを日本語版のミュージカルではどのように表現するのかということを語っており、必読の記事。

9月10日(火)

陸の孤島、成田空港にて映画『カサブランカ』を鑑賞。かなり良かったが、スマホで見るものではない。音楽の使い方、画質がもはや古典映画ではない。

 

その後無事に、札幌へ帰る。

 

18時から札幌文化芸術劇場hitaruにて『Les Misérables』を観劇。

4階席、下手端最前列の観劇で、見切れがかなりあったが、やはりここまでの作品はない。本当に素晴らしい。

2年前に帝国劇場で見たときよりも、人間の矛盾みたいなものが見えた。

最後のシーンで、死んだ人たちが、マリウスとコゼットというこれからの希望を後ろから見守っているシーンは今までは「循環する生命」的なものを感じていたが、あそこで見守っていた中にジャベールが入ってなかったことが気になった。

民衆の歌リバイバル「鎖は取れて、皆結ばれる」に象徴されるように、現世でミゼラブルな人々を描ききった後に、後世でその惨めさが打ち切られユートピアになる、みたいな感じを受け取った。ただジャベールも混ぜてあげてほしい・・・

 

とにかくよかった。その一方で、カーテンコールの感じや、ではけの様子がだらだらしていて旅行感が出ていたのは否めない笑

とにかくいい作品だった。

9月9日(月)

今日は、午前中、家で『王女メディア』の映像を見る。

蜷川幸雄演出、メディア役を平幹二朗で、ギリシャで上演したものの映像である。

 

メディアを男性である平が演じることでアングラ的な雰囲気があり、さらにギリシャの野外劇場に、日本的な神社のセットを組むことで、うまく東西の文化を折衷していると感じられる。

ただ蜷川演出のものを映像で見ると、こちら側との熱量の違いからつまらなく感じてしまう点が多くある。今回の上演もそう感じてしまった。

ただ、メディアの子殺しについては面白いと感じ、西洋は「罪」「罰」「復讐」というシステムが成り立っておりそれらが含まれていると、「ドラマ」性を感じる一方で、日本は「自己犠牲」による被害にドラマを感じるのだと思う。

そのため歌舞伎「寺子屋」に代表されるような、日本的な子殺しとはまったく違う意味合いを感じる。

 

その後はNTLive『リチャード二世』を見に行く予定だったが、台風で電車が大変なことになっているということで、早めに成田空港へ向かう。

その途中で映画「市民ケーン」を鑑賞。

 

プロットの作り方、コンパクトさが秀逸でやはり素晴らしい作品。

アメリカらしいアメリカ映画、といったところ。

ただアメリカらしい分かりやすさがかなり感じられ、少しくどく感じられてしまう点もある。それを踏まえてもオーソン・ウェルズのプロデュース力、演技は必見だった。

 

その後、「新・映像の世紀第二次世界大戦」を見る。

連合軍が、ドイツ人に収容所(?)かユダヤ人・戦犯の死体置き場を見せる映像は圧倒的だった。ドイツ人は「知らなかった」とショッキングな反応をするが、彼らは「知っていた」という評論家の主張が記憶に残る。

素晴らしい映像がたくさんあったが、この最後の映像が衝撃的でそれしか記憶にない。